こんにちは。
仕事は、相変わらず楽しくはありません。
私は常に人から言われるままに、人が決めたルールに沿って仕事をしています。
自分でやりたいと思ったことではありません。
だから、楽しくないのです。
これをしないといけない。
これくらいの仕事量はこなさないといけない。
という圧がかかっているせいで、楽しくありません。
心の何処かで、これは本当に必要な仕事なのか、お金を取っているだけで患者さんにとっては何も役に立ってないのではないか。と思っています。
でも、私の職種は、いなくてもいいけど、いたらもっと医療の質がよくなる。というものです。
医者のうっかりミスを見つけて、医療費節減するための仕事です。
だから、医者に近い知識が必要となります。
むしろ、医者が気づいてないような高度な知識がなければ、私たちが患者の役に立つことはできないのです。
大体、私が気づく前に、医者が気づきます。
医者がしていないということは、それはどうでもいい優先順位の低いこととも言えます。
私の仕事は、いつになったら患者の役に立てるようになるのでしょうか。
まだ、4ヶ月だから、仕方ないのでしょうか。
この患者さんのために、何をしてあげたらいいのか、全く分かりません。
大体の患者は、何らかの症状があって困っています。
だけど、それはどうしようもなく、薬を飲み続けるしかなくて、私が何かしてあげられることはないのです。
何か副作用があっても、「じゃあこの薬を飲んでくださいね、効いてないですか。この薬しかないんです。」とか、「徐々に良くなっていきます。治りにくいと言われています。ひどくなっら教えてください。」としか、言えません。
私は本当に必要な仕事なのか、結局、私が患者さんに話す内容は、話しても話さなくても患者さんの将来が変わるわけではありせん。
しかも毎回同じことを話すだけです。
まあ、医者だって同じことを悩んでるのかもしれません。
医者の方が期待を持たれている分、辛いのかもしれません。
患者の将来を変えるかもしれないという圧は、それはそれで辛いのでしょう。
でも、私は無力感があるのです。
他の先輩方は、きっと違うのでしょう。
患者の役に立てているのでしょう。
私も5年くらいすれば、役に立てるのでしょうか。
まあ、患者と接して、しゃべり相手になれている点で、役に立てています。
そう思うことにします。
頭を使う仕事だから、実力のないものは役に立てないのかもしれません。
誰でもできる仕事ではないのかもしれません。
答えが決まっている仕事ではないのです。
無限にあるガイドラインを読んで、患者の状況と照らし合わせる必要があります。
ガイドラインを読んでいない今の私には、さっぱり分かりません。
ガイドラインを読まないのが悪い。でも、仕事中にそんな時間ない。時間外に読むしかない。
そんなことしたくない。
読んだところで、何百ページもある本が無限に何冊もある。
そんなの無理だ。
まあ、それができるのが医者だし、私もそうしなきゃ、役に立てない。
同期はやっているのかもしれない。
でも、私は私のメンタルのために、そんなに頑張らない。
頑張れる人が出世するのだろうし、世の中を変えていくのでしょう。
私はその役ではないのでしょう。
最低限しかできない人です。
酒を飲んでいるので、何でもべらべら書けます。
最近、分かったことがあります。
楽しく生きるためには、
- 無給残業しない
- 体力をつける
- 仕事以外に熱中することを作る
これが大事です。
私は、中学生までは、精神のおかしい親の行動を注視していなければなリませんでした。
高校では勉強に全て費やしていました。
大学ではブログ(このブログではないです)や料理に費やしていた時期もあるし、片思いの人のことを四六時中考えていた時期もあります。
だから、楽しくないこと(中学でのピアノの練習や、中高の友達づくり、大学での研究)に対して、真剣に向き合わずに済んでいたのです。
仕事(楽しくないこと)を土日もやるような人は化け物です。
そういう人は、世界を変える人です。
そういう人に任せましょう。
私は、そういう人が力を発揮できるように、誰かがやらないといけない仕事をこなすことにします。
私は、何も人の役に立てていないですが、それでも存在することに価値があることは分かっています。
人生は、暇つぶしだ。というのが私の考え方です。
それでいいのです。
役に立てなくてもいいのです。
楽しければいいのです。
5時に仕事か終わって、12時まで7時間も毎日時間があります。
その時間を楽しめばいいのです。
無理して無給残業する必要はないのです。
まだ首にはならないのですから。
酒のせいで、楽しいです。
楽しくない時は、酒を飲めばいいんです。
とりあえずユーチューブを見て、アニメを見て時間を潰せばいいんです。
彼氏に会って楽しめばいいんです。
美味しいものを食べればいいんです。
楽しいという感情は、なぜ起こるんでしょう。
自分の価値が実感できたとき、楽しいと思うのでしょうか。
楽しいとき
- 彼氏に必要とされた=私には価値がある
- 美味しいものを食べれた=私は価値がある
- ショッピングした=私はお金を使う価値がある
- 読書をした=私は高度な力があり価値がある
それとも、激しい感情の動きがあると、人は楽しいと思うのでしょうか。
- アニメで感情が動いた=楽しい
- 音楽で感情が動いた=楽しい
- 人に褒められて感情が動いた=楽しい
- 会話で感情が動いた=楽しい
- 筋トレの達成感で感情が動いた=楽しい
そうです。
要は、楽しい=ドパミン、エンドルフィンでしょ。
今、真理に到達した気がします。
酒を飲んでいるので、適当なことを言っていると思います。
仕事をしていても、感情が動かないので、楽しくないのでしょうか。
患者さんの心に寄り添って、感情を動かせば楽しいのでしょうか。
でも、客観的に判断しないといけないので、そんな余裕はありません。
まあそれはいいとして。
趣味の時間は、感情を動かすという意識をしてみます。
毎日同じ食べ物を食べていては、そりゃ感情は動きませんわ。
楽しくないですわ。
(けど、節約のために鶏胸肉か手羽元しか買いませんので仕方ありせん)
最近は、プロテインと足の筋トレをすることにしました。
それによって、楽しさを感じれるといいです。
経過確認が必要です。
とりあえず、今日は、酒のせいで楽しいです。
こんなに悩みをつらつら書いておきながら、実際、まあいっか、と思えています。
酒は、全てをどうでもよくしてくれます。
歯を磨かなくてもいいや、夜遅くなってもいいや、夜中まで音楽を聴いていてもいいや、仕事が楽しくなくてもいいや。
話は変わります。
東野圭吾さんが亡くなられたとのことで、かなりショックです。
もう、これ以上、傑作は生み出されないんだと思うと、残念です。
東野圭吾さんは、景色とかの余分な描写か少なくて読みやすいです。
その分、人物の見た目とか情景が伝わらず、物語にのめり込みにくかったり、愛着が沸かないこともあります。
けど、どの本も、読んで良かったな、と思わせる、トリックやどんでん返しや、感動があります。
これからも読み続けます。
こんなふうに、自分の秀でたな能力で人を楽しませられる人になりたいですね。
話は変わります。
今日は彼氏が用事で近くまで来ていたので、一緒に夕食を食べました。
彼氏が酔っ払って思考力が低下すると、やっと私の思考能力と釣り合って会話がより噛み合う気がします。
まあ、私を一歩先からいつも引っ張ってくれて、それはそれで私としては、まだ見ぬ考え方を知れて人生が豊かになるし、彼は主導権を握れて楽なのかなと思っています。
私は、人に自分の話をすることは、まずありません。
彼氏に対してもそうで、話すとしても「〇〇のアニメ見たよ。〇〇がいいよね。また見たいな」以上で会話終了です。
こんな薄っぺらい会話しかしないけど、1年も続いているのです。
こんな薄っぺらい会話しかお互いしないのは、本当に恋人なのかな、と思います。
でも、薄っぺらい会話しかしないから続いているのだ、とも思います。
「仕事で〇〇さんが〇〇して嫌だった」とか、「〇〇な気持ちで、〇〇したいから、〇〇してほしい」とか、そんな奥の方の気持ちまで共有していたら、キャパオーバーするし、嫌な部分も見えてきます。
所詮は他人なのです。
いずれ、毎日会う関係になるんです。
それなら、仕事の同僚のように、当たり障りのない会話をしていた方が生きやすいに決まっています。
けど、本当に、そんな薄っぺらい関係で良いのか、一生、共に生きる人がそんな薄っぺらい感情の共感しかしていなくて良いのか、とも思います。
たぶん、いいのです。
私のこのブログで書くような、本当の悩みとか感情は、やはりここだけのもので、彼氏に共感してもらうことは、ないんだろうな、と思います。
深い心のつながりは、誰とも持てないんだろうなと思います。
まあ、ブログを読んでいる方とだって、一方通行ですし、深いつながりはないんですけどね。
本当の私の考え方は、彼氏は知らないんだなと。
それなのに、好きだと思っているんだな、薄っぺらい愛だな、私も彼の本音は何一つ分かってない、薄っぺらい愛だなと思います。
けど、そんなものですよね。
むしろ、深い感情はあえて言わないという考え方を持っている、という部分で私と彼は共通の考え方を持ち、深く分かり合えているのだと思っています。
これはガチでそうです。
大抵の人は、日々のどうでもいいことを、事細かくしゃべりたがります。
そうでない人には、滅多に出会いません。
彼氏はその滅多にいない人です。
話す内容と言ったら「いついつはどこどこに行こう」とか、「どこどこに行きたいね」「どこどこは楽しかったね」「〇〇が食べたいね」「〇〇が美味しかったね」のパターンしかありません笑
なかなか、普通じゃない会話だよね、と思います。
そんな会話でいいんか?あなたは。
満足できてるの?
まあ、実用的でいいと思います。
人と話すのはなぜなのでしょうか。
共感してほしいからですか。
自分が置き去りにならないように、存在感を残すためですか。
私たちの関係は、そんな目的はありません。
ただ、一緒にいる目的は、性欲と、食欲と、世間体だけです。
だから、会話は必要ではないのです。
私はなぜ、ブログで心の内を書いているのですか。
自分に思考力があることを確かめるためですか。
自分の考え方を誰かに知ってほしいからですか。
自分は、人とは違う考え方を持っていることを示して優越感を得たいからですか。
私は、人から認められたいのですか。
彼もそのような欲はあるのですか。
医師になったくらいだから、ありそうです。
私は、笑って慣れの話に同意しておけば、彼は満足しているんですか。
要は、私は、「彼が私を必要としているのか」が気になっているのです。
つまり、私に価値があると思いたいのです。
全ては私の欲なのです。
酒を飲んでいるせいで、文がまとまりがなく、同じ内容の繰り返しや、急に話が飛んだりしています。
でも、酒のせいで直す真面目さはありません。